人間と怪物
 昔あるところに、怪物に憧れた人間が居ました。人間は怪物のことが好きで好きで、ある時自分の身体を怪物のソレにしてしまいました。怪物はとてもびっくりしましたが、人間が本当に嬉しそうだったので何も言うことはありませんでした。
       それからしばらく、元人間と怪物は元から同じ種族だったかのように楽しく過ごしました。元人間も憧れの怪物になることができ、怪物は人間に興味はありませんでしたが、接しているうちに段々と打ち解けていきました。
      
       ところがある日、あんなに楽しそうにしていた元人間の様子が違います。心配になった怪物はどうかしたのかと聞きました。返事はイエスでした。
        
       最近気分が落ち着かない。憧れの怪物になれて、お前と出会って、とても楽しいと思っていた。でも今は違う。何だかとても大事なものを無くしてしまったような気がする。一体、俺はどうしてしまったのだろう……。
        
       怪物の身体は泣くことが出来ないので元人間も涙を流すことはありませんでしたが、その時の様子はまるで泣いているかのようでした。怪物には元人間がどうしてそんなことを言うのか見当もつきません。ただ、彼が悲しんでいることに違いはなかったので「お前はいつもどおりだよ」と慰めました。
        
       しかし、元人間は首を横に振るばかりでした。ちがう、お前にはわからない。お前はホンモノだけど俺は、おれは……。
        
       元人間は怪物になれたことが本当に嬉しくて、自分が人間だった事などすっかり忘れていました。そしてそれに気付いた時にはもう遅かったのです。ヒトの記憶もなくなり、ヒトでなくなり、姿形は怪物になることが出来ましたが、それは作り物でしかありませんでした。
        
       怪物はその時初めて、元人間が人間であった事を思い出しました。ですがそれでも良いと思っていたのです。人間でも、怪物でも、ニセモノでも。それが元人間には分かりませんでした。怪物にも、人間の気持ちは分かりませんでした。
『怪物になりたかった人間と 
        元人間と友達になった怪物の話』